SchLuckAuF !!!(前編)
著者:shauna


“しゃっくり”というモノを知っているだろうか?
 刺激物や熱い物を飲みこんだり、食物が喉に詰まったり、激しく笑ったり、咳をしたり、また、アルコール飲料や香辛料の過剰の摂取等によって起こり、本人の意思とは無関係に発生して、一度かかると非常にわずらわしく、本人の意思だけで直すことは難しいアレである。
 

 で!なんで、そんなことを聞くかと言えば・・・・
 
 ―ヒクッ・・ヒクッ!・・・―
 それはつまり・・・・
 ―ヒクッ・・ヒクッ!・・・―
 私、有栖川瑛琶がしゃっくりという病魔?に冒されてしまったわけで・・・・


 さて、思い起せば長くなる・・・事もない数時間前から話はスタートする。彩桜は私立ということもあり、当然そこには土曜授業というモノが存在するわけで、半日の授業を受ける為に瑛琶はいつも通り、朝食を食べてから学園に登校したわけだが・・・・
 
 たぶん、朝味噌汁を飲んだ当たりからだろう。

しゃっくりが止まらないのだ。


―ヒクッ・・ヒクッ!・・・―

午前中の授業が終わり、この後はそれぞれが部活へと向かう午後になってもそれは留まる処を知らなかった。
そう!終礼を過ぎてもその後、昼食を摂っていても、その後の校内清掃時にも・・ずっとずっと・・・・


「ヒクッ!・・というわけなの・・・」 
放課後の吹奏楽部の集まる教室に今度の文化祭の大オケと高吹との合同演奏の打ち合わせを終えた音楽室で瀬野秋波の前で瑛琶はしゃっくり交じりの長い溜息をついた。
「大変ですね・・。」
「うん・・・ヒクッ!」
さりげない会話の最中にもしゃっくりが見事なタイミングで邪魔をしてくれる。
「どうにか・・ヒクッ・ならないかな・・」
秋波と知り合ったのはついこの前のことだ。大学部オーケストラサークル・・通称大オケと彩桜学園高等部吹奏楽部・・略して高吹との初めての合同練習のとき・・・演奏席が隣同士だったこともあり、また一日中練習をしていた為、休憩時間ごとに話をしていたら妙に仲が良くなってしまって・・それ以後、頼れる先輩と可愛い後輩というまるで姉妹のような仲良しの関係が続いているわけだが・・・
「わ!」
そんな秋波が両手を大きく広げて目の前でいきなり立ち上がった。
「・・・・」
「・・・・ヒクッ!」
流れる死んだ空気・・・
「・・・・」
「ヒクッ!・・・・」
「・・・・」
「えっと・・ヒクッ・・ごめん・・・何?」
先に呆れた様に口を開いたのは瑛琶だった。
「え!?あ!!」
顔を真っ赤にする秋波・・・
「あの!ビックリさせたら止まるかと思いまして!!」
「あ・・ヒクッ!なるほど・・・ヒクッ!」
「で・・でも・・ダメみたいですね・・・」
「そうみたい・・・」
「秋波ちゃん・・帰りません?」
そう後ろからの声に内心少し驚いたがそれでもしゃっくりは止まる気配を見せない。2人はほとんど同時に後ろを振り向いた。
「あれ?もしかして・・邪魔でした?」
頬を掻く少女。一年生用のリボンをした森岡 紗綾は場が悪そうに苦笑いした。
「えっと・・有栖川先輩・・でしたか?」
―ん?―
「私のこと・・ヒクッ!・・知ってるの?」
「ええ・・何度か集会の時、表彰台に上がってるの見てますから・・。えっと・・私・・森岡 紗綾っていいます。よろしくです。」
「ああ・・ええ・・よろ・・ヒクッ!・・しく・・」
瑛琶は何度か得意のバイオリンで賞を取っている。その時のことを言っているのだろう。
瑛琶のバイオリンの腕は全国大会優勝を何度かとったことのあるレベルで、バイオリンもとある美術館から特別に借りている超名器だ。この学校において少なくとも5割以上の生徒は彼女のことを知っているのだろう。
そして・・・・
ドアのところにはもう一人少年が待っていた。
良く校門の所で見る男の子だ。
「ねえ、紗綾・・しゃっくり止める方法知らない?」
秋波が紗綾に問いかける。
「そうですね・・・。」
紗綾はしばらく考えていたようだが・・やがて・・・
「唾を飲み込むといいってお父さんから聞いたコトがあります。」
「そう!そういうの!!瑛琶さん!」
いや・・そんなことありえないでしょ・・それで治るんだったら今日の朝礼までには治ってるし・・・
そうは思うモノの・・ランランと目を輝かせる秋波を断ることはできず・・・
―クッ―
少しだけ唾を飲み込んだ・・。
「これでもう大丈・・・」
―ヒクッ・・ヒクッ・・・―
まあ、当然ダメだった。
「悠真君!」
完全に面目を潰した秋波が肩を窄めている秋波が可哀想になったのか、紗綾がドアの所に居た少年に声をかけた。
少年がゆっくりとこちらに歩いてくる。
「悠真君。しゃっくり止める方法知りませんか?」
悠真と呼ばれた少年はゆっくりと自分の方へと目線を移した。
「えっと・・有栖川先輩?」
紗綾と同じ質問。う〜ん・・この2人気が合うのかも知れない。
「ええ・・初めまして・・ヒクッ!」
瑛琶が軽く頭を下げると悠真も軽く会釈する。
「有栖川先輩・・しゃっくりが止まらないそうなので、どうにかできませんかね・・・」
それを聞いた悠真は顎に軽く手を添えて考えた。
そして・・
「難しい問題を出すとしゃっくりが止まるって聞いたことがある。」
と結論を出す。
「しゃっくりから気が逸れれば止まるって誰かから聞いたことが・・・」
おぉ!しかも、何となく理にかなっているっぽい!
「じゃあ、難しい問題を出せばいいんですね。」
「じゃあ!あたしが!!」
「いや・・・」
秋波の申し出を却下した悠真は視線を紗綾に送り・・
「ここは紗綾だろう・・」
と一言言った。
「え?私?」
「先輩。紗綾なら難しい問題が出せると思います。何しろ学年トップですから・・・」
おぉ!なるほど!これは期待ができそうだ!
「さ、紗綾・・」
「それじゃ・・えっと・・問題です・・・」
静寂が辺りを包んだ・・・
「アセチルサリチル酸の合成方法とその使用用途を答えてください。」
悠真と秋波は「おぉ!」と感嘆の息を上げた。何しろこの前やったばかりの化学の問題だ。しかもかなり難しい奴・・悠真と秋波も概要は知っていても、完璧にまでは答えられない。これなら・・
「えっと・・アスピリンは・・・ヒクッ! フェノールを高温と高圧の下で二酸化炭素と水酸化ナトリウムと反応・・ヒクッ!・・させて、サリチル酸の二ナトリウム塩を合成して、ヒクッ!その後に二ナトリウム塩を希硫酸で中和し、サリチル酸を遊離させるんだよ。ちなみにアスピリンは解熱鎮痛薬として・・ヒクッ!使えて、アセチル(汗散る)サリチル酸が・・ヒクッ!・・覚え方だよ。」
「・・・・」「・・・・・」
「・・・正解・・・」
後ろの2人は口を半開きにして、紗綾は手をパチパチと合わせている。
そう・・3人ともすっかり忘れているのだ。
3人は一年生で、その成績トップは森岡紗綾・・これは間違いのない事実である。しかし、その半面で、瑛琶は2年生でも5位以内には常にランクインしている成績上位者なのである。つまり、そんな彼女が1年生の問題を答えられない訳が無いわけで・・・
 「すいません。俺じゃあ力になれそうにもありません。」
悠真が深々と頭を下げた。
「いっそのこと部長に相談してみよっか?」
紗綾がほんのりと口にする。それに対して悠真は・・
「ダメ・・・」
と短く断った。
「どうして?」
「あるんだよ・・・しゃっくりと止める薬・・・」
瑛琶は驚いて目を丸くする。そんな便利な物があるんだったら!!
「ただ・・・・」
―え?―
「それを使うと・・・・」
―ほうほう・・・―
「心臓も止まる・・・」
―ガタンッ―と音を立てて、思わず吉本新喜劇の如く悠真を除く3人は見事にコケてしまいそうになった。
「し・・心臓も止まるって・・・」
と秋波・・・
「確証はないんだけど・・・この前、部長が奥の研究室で調合してた時になんかそんな不吉な言葉を口にしてたから・・・」
高校生が薬を混ぜていいのだろうか・・という疑問はこの際置いておいて・・
心臓が止まっては元も子もない。たかだかしゃっくりで死ぬのなんてゴメンだ。
「しかも、今部長・・その薬の被検体探しているし・・」
いやいや・・それは人身御供というのでは?
ってか人体実験なんて今のご時世で・・・・
まあ、それはともかくとして・・・
「そう言えば、先輩。明先輩どうしたんですか?」
と秋波が訪ねる。
「いつも困ったことがあればイの一番に相談に行くのに・・それにもう今日は部活もないんですよね・・・いつもなら迎えに行ってるじゃないですか・・・」
そう・・その通りだ・・。いつもなら問題は真っ先に明に相談しに行く。こういうことに関しては彼ほど頼りになる存在はいない。
知識が豊富というか、おばあちゃんの知恵袋というか・・とにかく、雑事に関する知識はかなり豊富なのだ。
でも・・・
「野球部は今日遠征で出てるの・・・」
こんな時に限って明は不在なのだ。彼さえいれば朝の段階で治っているはずなのに・・・
「まあ、とにかく・・・ヒクッ!」
軽く椅子を引いて瑛琶はバイオリンをケースに仕舞いながら立ち上がる。
「そのうち止まるのを待つよ。ヒクッ!・・ごめんね、付き合わせちゃって・・」
「いえいえ・・何もできませんでしたから・・・」
秋波を先頭に後ろの2人も頭を下げた。別に責任はないと言うのに・・
「時間をとらせちゃったから・・ヒクッ!・・今度何か奢るね?何がいいか考えといて・・・ヒクッ!」
仕方ない。しゃっくりの止め方なら明日にでも明に電話して聞けばいいじゃないか・・・・
それに今日は他の打ち合わせもあることだし・・・
後ろで「いや!何にもしてないのにそんな!!」とうろたえている3人に軽く手を振って瑛琶は音楽室を後にするのだった。



そして歩きだして数分後・・・
瑛琶は講堂に居た。
彩桜学園第一講義堂・通称“彩桜座”は膨大な人数での入学式や卒業式を可能にするだけの大きさが供えられた大ホールで下手をしたらパリのオペラ座並なんじゃないかと思う程の広さと豪華さある。秋になればここに劇団を呼んで芸術鑑賞会をするのも彩桜の伝統行事である。
そんな講堂では現在演劇部が文化祭に執り行われるロミオとジュリエットの講演の練習中だった。
ここでの打ち合わせは演目中のBGMの演奏。
全部で26曲の曲の中には結構有名な曲も多い。
例えば「モンタギュー家とキャビレット家」と言えば今や知らない人はいないだろう。白い犬のお父さんが出てくるケータイのCMに使われてる曲といえば、分かりやすいだろうか?
で、その休憩時間。
「先輩・・どうしたんですか?今日はらしくないですよ?」
と声をかけて来たのは修道僧ロレンス役を演じる為に法衣に身を包んだ少女、西川詩織だった。
「いつも完璧な先輩にしては、今日は音が乱れまくりでした。何かあったんですか?」
心配そうに聞いてくる詩織・・・
「うん・・実は・・・しゃ・・」
「もしかして!失恋ですか!?」
あぁ!私のアマティが!!危うくバイオリンを落としそうになりながら何とかこらえ、瑛琶が反論する。
「そんなわないでしょ!!ヒクッ!私と明はいつも・・・」
「ですよね〜・・・」
ニヤニヤしながら答える詩織・・あれ?もしかして遊ばれた?
「それで・・実際はどうしたんですか?」
「しゃっくりが・・ヒクッ!止まらないの・・」
「しゃっくり・・ですか・・・」
「うん・・・ヒクッ!」
「う〜ん・・困りましたね・・・」
「何か治すいい方法知らない?ヒクッ!」
「そうですね・・・・恵理さん・・」
詩織が呼ぶとキャビレット夫人がこちらに歩いてきた。よく見るとそれは・・隣のクラスの
「ヒクッ!・・オーナー。」
瑛琶がしゃっくり交じりにあだ名を呼ぶ。
もちろんこれは彼女が片山荘の大家であることに由来し、仲の良い友達が良く使う彼女のあだ名だ。
ちなみに本名は宮野 恵理。同い年の2年生。
瑛琶自身も彼女とは1年の時にクラスが一緒だったのもあり、仲が良かった。
「あら?瑛琶・・久しぶりね・・」
「あっ・・ヒック・・ええ・・」
そう言えば最近は忙しくてあって無かった気もする。まあ、恵理は藤島功一と共にいる時間が増え、瑛琶の方も楠木明という恋人が出来たということも少なからず関係しているのだろうが・・・・
「それで?どうしたの?」
「しゃっくりが・・ヒクッ・・とまらなくて・・・」
「ああ、なるほど・・それで演奏が乱れてたんですね・・。」
詩織の言う通りだった。なにしろ演奏中にも引っ切り無しにしゃっくりが出るのだ。その度にいちいち体が小刻みに揺れ、結果、フラジオレットもピチカートもコル・レーニョも上手くいかない。
というか通常の演奏にさえ支障を来す始末だ。
「オーナー・・なんとか・・ヒクッ!・・ならないかな?」
懇願する目で恵理を見つめる瑛琶・・・
「そうね〜・・」
恵理もしばらく考え込む。
「息を止めると良いって聞いたことがあるけど・・・」
それを聞いた瑛琶は半信半疑ながらも早速息を止めてみる・・
だが・・・

単純に苦しいだけだった。

息を止めていてもしゃっくり体はピクピク震えるし、そのせいでどんどん苦しくなる。結果・・・
―ヒクッ―
という音と共に僅か20秒で息を止めるのを断念してしまった。
「ハァハァ・・ヒクッ!・・ハァハァ・・・ヒッヒクッ!」
苦しいのとしゃっくりとの二重奏(二次災害?)で余計に苦しくなった瑛琶は肩で息をしながらバイオリンを落とさぬように何とか手に力を込める。
―よしっ!今日の練習はここまで〜!後は各自練習してくるように〜・・・―
演劇部の部長がそう叫ぶ。
それと同時に瑛琶はケースにバイオリンを納めて席を立った。
「瑛琶ごめんね。役に立てなくて・・・」
1時間前にも同じセリフを聞いた気がするが、こればかりは人を恨むことも出来ない。
瑛琶は疲れきった笑顔を見せてヨロヨロと彩桜座を後にしようとする。
「あぁ!待って瑛琶!送ってくよ!?」
あまりの疲労加減に心配になった恵理は瑛琶を待たせ、すぐに着替えて彼女を送って行くことにしたのだった。2人が校門を出た時・・すでに空は茜色に染まっていた。



投稿小説の目次に戻る